宮城南部復興支援の今後の活動に向けて

現地スタッフ:小寺 義

過去に緊急支援が終わりを見せ、今は具体的な支援場所として簡単に目に映った仮設住宅が閉鎖あるいは数を急激に減らしている。そのような中で何を為すのか、ボランティアの立場と役割が問われるような時となった。

 

MSR+のこれまでの活動を踏まえて来年度の目指すものとしては、具体的にこれといって形になると確信を持てるようなものはなく、むしろ新たに築く年度になっていくのではないかと想いを抱いている。その根本とあるのが、ボランティアの拠点として岩沼の地が与えられ、これまで関係を持ってきたことの意味とこの関係の行きつく先が何なのか、主の計画はどのようなものなのか、これを祈り求めて見出せるようにという願いである。

 

幻を語るのであれば、拠点のある下野郷という集落で、キリスト者を中心としたコミュニティを築くことを目指していきたい。福音を言葉により伝えるには自身の経験が足りず、何より言葉により福音を受け入れられるようなキリスト教の基礎知識が地域の方々に備わっていない。過去に福音が告げられていたのは分かるのだが、士師記であるようなそのことをしらない世代となってしまったように感じる。言葉に寄らず、行いによりキリスト者として証し、イエス・キリストを信ずる者がどのような者であるのかを示していきたい。目指すのは、彼等に分かる形で観言葉を伝えること。

 

また、支援により再建した産直「朝どり」のコミュニティとの関係もより強く持っていくことだろう。朝どりに集う方々の中で、集団移転後の方々を励ますような想いが挙がり、その具体的な試みを行おうとしている。このことは先日語りあったばかりで動き始めたばかりだ。簡単に言葉で表すと、お茶の時を持って楽しく話そう、ということになる。そして、その中で、内に秘めた想いや悩みを外に出してすっきりしてもらいたい、引きこもらず外に出てもらいたい、といったことを目指している。ただ、これはある程度の関係性を築いてから為せることであり、そこに至るまでの知恵も必要となってくる。何かイベントを開いてその場に誘ったり、訪問やチラシ等で声をかけられるようにしたり、どうすれば表に出てこない本当に苦しんでいる人と関係を築けるか、そのための知恵を求めている。その働きの中で、悩みや苦しみを知っている顔にはなかなか打ち明けられないけど、外から来た人になら想うことを何でも話せるのではないかと、その役割を担うのにMSR+も協力してほしいという提案もあった。語るだけならば時間は短くて済むが、それが具体的な形となるにはまだまだ時間が必要となることだろう。被災者のためにと目的を持って開かれた貸し農園は、集団移転により距離が縮まり、具体的に動けるようになった。それがどのような活動となるのか、期待して主に求めていきたい。

 

直に、あの震災から満4年を迎える。MSR+の活動が始める際に、最低5年は続けなさいと言われたその期間を最低限満たす年となる、また5年という年は、復興10年という考え方もあり、それに従うならば、折り返しを前にした最後の年となる。復旧・復興という言葉を人に当てはめるのであれば、震災により更地となったまま何も築くことができていない人もいれば、震災以前の様な景色を取り戻した人もいる。物は満ちたが、人はまだまだ足りていない。個人という単位が重要となる年だと思う。