岩沼からの手紙 9月№2

         岩沼チャペル礼拝:「焼き鳥熊ちゃん」  熊田康之先生(亘理聖書キリスト教会牧師)

 

 被災地におけるキリスト者としてのあり方を考えさせられる機会が与えられた。9 月の末にフィリピンの教会形成の報告と被災地全域での活動の共有のために集まった場がそのきっかけだった。フィリピンで行われた教会形成、それはおよそ 5000 の教会が 25 年で 10 倍の 51000 の教会になるという御業を成し遂げた。その働きに携わったノエル・パントーハ師からその秘訣を聞いたが、それは被災地に向き合う者の想いに似ていた。主の御言葉が語られなければならない地では教会開拓に、伝道に危機感を覚えて教団教派関係なく一致しなくてはならない。聖書理解や考え方は違っていても、見上げる主が同じであるならば、その言葉である聖書に基づき一致するのに相違はないはずだ。

 

  被災地では、その一致が形となりつつある。その連携は拙いが、互いの活動を励ますために、問題を共有するために、他の活動を参考とするために、祈り合うために一致できる部分で積極的に一致しようとしている。その話を聞いた後、その集まった場で互いの活動の中で感じることについて話し合う機会があり、その場で「主にあるコミュニティ形成」が話題として挙がった。被災地に足を運ぶクリスチャンがその地で主にある関係を築くことの意味は、建物のない教会を形成することにいずれ到達する。仮設が終わっても、被災地支援が終わっても変わらずに受け入れ続ける関係があること、教会の担うべき役割がそれだからだ。

 

 また、集った場でキリスト者としてのあるべき活動はマタイ 11:4~5 から「求められている必要な働きをその地に為して福音を述べ伝えること」だと語られた。この時は主の働きが各地で為されているという認識でしかなかったが、この深い意味を後日聞いた説教で気付かされた。それはコヘレトの言葉 7:1~5 から語られた。これを聞いた時、被災地に赴く多くの者の想いを体現している御言葉だと感じた。他に適任者がいるだろうと己の無力さを感じ、それと同時にこの地に残ることが御心かと祈りを投げかけ、何度も思い悩み、時には涙し、絶えず前に進もうと努める。何故、被災地でそのようにあるのか、それに答えるには十分すぎる言葉だった。それらの源は主の平安をもたらしたい想いから、本物の愛によりもたらされるものだった。共にあろうとするその想いを止める手段は存在しない。多くの者が各々の祈りの中で主に遣わされ、それぞれの地で継続してその愛を伝えようとしている。 

 

震災以前、被災地沿岸部の教会はわずかにしかなく、伝道の勝手も都会とは異なっている。都会での働きを種蒔きとするなら、その種を蒔くための農地を開墾しているようなもので、都会のように実りをすぐ見るようなことは少ない。10 年先と見るのではなく、100 年先と見る、そのような働きと言われている。被災地で行われている御業は、震災というきっかけで結果として大きく関係が広まったものであるが、その実りと課題は日本全国でも同じように起こり得る。苦悩が溢れた地での活動が日本全国における伝道の励ましとなることを切に願う。