2013年の歩みをふりかえって

今年最後のMSR+の活動が11月18日(月)~19日(火)予定通り行われました。

 

 下野郷地区では地区長さんと自治会長さんがセンターに来て話し合いました。

 

 下野郷地区では、復興と一環として今年12月から圃場整備が行われ、1枚の水田を1ha単位にします。機械化と大規模化のためです。本来は自己負担をしなければならないのですが、復興の名目で国の事業として行われます。

  そのためか自分の水田の場所がどこになるのかは再来年にならないと決まりません。来年はとりあえず暫定的に水田の配置が決まり作付けを行います。再来年また別の場所で作付けを行わなければなりません。

 

 来年は圃場整備のために一枚の水田でも場所によって土の状態が異なり、同じように耕したり肥料を与えても場所によって稲の生育が違ってしまうのではと心配しています。また、水田が1ha単位になるために、たとえば1.5ha持っている人はその端数が他の人と共同使用となるなど課題があります。

 

 早股地区では、産直朝どりで地区長さんご夫妻と話し合いました。

 早股地区の課題は、海岸沿いに住んでいた方々に被災してから2年8ヶ月が過ぎて復興に大きな違いがあるということです。

 

 海岸沿いの住宅地は住むことができないので、買い上げられました。その時に居住する敷地に隣接田畑も買い上げらることになりましたが、居住地から離れた田畑の買い上げられませんでした。

 

 このことで、仮設住宅から新しい場所に移転している人もいれば、移転できずに仮設住宅に住まざるを得ない人たちがいます。その人たちのために今復興住宅の建設が進められたいます。今2mの土地のかさ上げ工事が行われ来年初めから建物建設が始まります。集合住宅と一戸建てとなります。ここで、また集合住宅に入るか一戸建てになるかの違いが生じます。

 

 しかし、それだけでなく、被災し仮設住宅に入居してから、以前あった地域の人間関係が壊れているという現実もあります。仮設住宅に入居する際に被災前の集落単位で入居しました。しかし、仮設住宅で今までとは違う生活状態が続くことで人間関係に亀裂が生じてきました。
 仮設住宅から復興住宅への移住を拒否する人も出ています。被災した多くの方々にとって、もはや以前の生活を取り戻すことはありえませんし、できません。このことを思い知らさせました。新たな歩みしかないのです。しかし、その新しい生活を踏み出すにはあまりにも大きく課題があります。

 

 仙台の南に位置し宮城平野で仙台の米蔵、野菜の生産地として位置していた、名取市、岩沼市、亘理町、山元町は復興の途上にありますが、復興は以前に戻る事はありえず、まったく違う歩みとなっています。

 

 そのために今心のケアが重要な働きとなっています。被災したこと、そこで新しい生活を始めざるを得ないこと、それらは未知なる生活の始まりであることなどを思わされ、考えさせられました。MSR+も2年半の歩みとなりましたが、岩沼市で定住して活動してきたことで、これからも復興の現実を少しでも理解していきたいと願っています。